熊崎健翁について
熊崎健翁は日本の姓名判断の祖として広く知られています。
今日の姓名判断は、もとはすべて熊崎健翁に遡ることができます。
熊崎健翁は、明治14年5月5日、岐阜県で生まれました。
教員職を経て、中京新聞、三重成功新聞社、伊勢新聞社、原敬社長(後の内閣総理大臣)の大阪新報、時事新報にて活躍しました。
また、明治36年には現在の日本、中国の速記の源「熊崎式速記」の発明したことでも有名で、両国政府及び天皇家より感謝状を受け取っています。
昭和 3年、総合運命鑑定所「五聖閣」を設立しました。
熊崎健翁は、鹿島神宮に伝わる「数霊(かずたま)」についての文書をヒントにして画数の姓名判断を完成させたといわれています。
昭和4年には、「主婦の友」に熊崎式姓名学を発表し、大ベストセラーとなりました。
100冊以上の占術の書籍を出版し、現在の日本の運命学の基礎を築きました。
なかでも「姓名の神秘」は昭和4年発行以来版を重ね、今日でも姓名学のバイブルとして多くの人に読まれています。
実際には熊崎健翁は師である永杜鷹堂や林文嶺が理論化した運命学を学んでおり、これを大衆向けに簡素化したことによって民間からの多大な支持を得ました。
永杜鷹堂や林文嶺の運命学は、姓名だけではなく、易・四柱推命・人相・姓名を利用したものであり、多様な側面から観ることが出来ましたが、一般にはわかりにくい側面がありました。
これを一般に普及するようにした熊崎健翁の功績は大きいと言えるでしょう。